今は昔#20 「十三のネエちゃん・・」  中津さんそん

  (はじめに)

 十三は新宿と同じく歓楽街です。歓楽街ではありますが 彼我は全く違いました。若者は この仕事がスッカリ気に入りました。何故って? それがタダ酒です卑しい話です。タダ酒が原因だなんて全くやり切れんほど嫌になります

。クラブでの接待はどこでもボックス席ですが ここにはバーカウンターが付属していました。美女沢山のクラブなのに バーカウンターに座る客もおいるのです。・

。青年の職場です。ママさんは妙齢熟女でした。頭のよさそうな年齢不詳の美人です。がセクション責任者ですから甘く見たら怖いです。どうやら カウンターに来る客のお目当てはママさんのようです。クエッションの亭主も子供もいるのに・・・

 で ここが大阪人の格好付けでしょうか 其れとも客筋の恰好付けでしょうか

 まあ飲んだ飲んだ位の調子でママに酒を注しホステスに飲ませバーテンダーにも

声をかけるのです。 本格的な酒場なら 此処は仕事中とか言って遠慮すべきですが

青年は まるで「ここは場末のバー」みたいな調子で 飲むわ飲むわ 酔うだけではありません、自分を失って控室に運ばれる醜態まで演じているのです。よくもクビにならなかったもんです? 半世紀たった未だに恥じております。

バーテンダーとは本場イギリスでは銀行役員が定年後にやるもんだ、と聴き 「ヘエー格好いいの・・・」と感心していました。Y・杉田氏の著作を俄か勉強しましたが 結果はこの無様です。 昼の自由時間には近くの十三公園で「ぼッケー」と「あれが有名な北野高校です」なんて説明されながら 意味も解らず考え込んでおりました。

(本文) 

カウンターの客の一人に初老のヨーロッパ紳士がいました。若者の精神は、もう映画カサブランカの登場人物になっております。青年は泥酔の体質だけでなく その行動性も<すぐ格好つけたがる>安っぽさです。それを本人は丸っきり気づいていません。バカなのか? まあ発育不全と言うところですか

 青年は恰好をつけて懸命に話を合わせて行きました。幸い紳士の日本語は完璧です。もしかしたら先の日米戦争では情報将校ではなかったろうか?など深読みして

喜んでいました。 紳士はレマン湖を語ることが多かった。 青年は頭をフル回転させチャップリンとかローザンヌだとかを口にしました。ジュネーブとか中立国とかナチ遺産なんてことは話題の外でした。

紳士は度々遊んでくれましたので 青年は<己は通じる>なんて思ったりして酔っていました。これチョット違っていたと思います。紳士は心の中で たぶん軽笑しながら日本青年を相手にしていたのかもしれません

何れにしろ若者の自信はチト外道に近いかも・・・

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客筋は圧倒的に中年初老の紳士でした。私のような未熟な若造を相手にしては さぞや苦笑の連投連夜であったでしょう そこはそれ 美女と酒を相手にしての余裕ある人達のお遊びです。小生ごときお粗末青年でもなんとか格好つけておれるのでした。 客の寛大さが小生ごとき青年を増長させるのかも知れません。客相手に商売している人間は飽くまでも客の下部simobeです。それが時間に連れ 狎れが両者を同等にしてしまいます。

バーテンダーも時には兵器産業営業部長みたいな金銭感覚に為ったり 少年の時分よりフアンであった俳優さんにビールを酌するときになった時には 嘘でなく本当に手が震えたものです。こんなチャンス信じられない。スクリーンの上ではいつも愛を深く奥に秘めた強いヒーローである人がです、それが目の前でビールを舐めているスターは疲れ切った中年のおっさんです。スターはみんな奥の事情があるものよ・・なんて新劇ぶってみたり。クラブに足繁く通おうとしたら結構な金がかかります。そこまでのポストに上り詰めるには街の社長さんも芸事師匠も言うに言われぬ苦労を積んでいる筈です。。十三には名のある企業の社用族は来ません。苦労も勉強もないバーテンダーごときが一丁前の口を利き始める滑稽さです。

  某大学の学長が「太った豚になるな、痩せたソクラテスになれ」と言ってるではありませんか。バーテンダーの御相伴酒も?マークでしょう。

 (おわりのおわり))

 青年には夜職は向きません。

 歌の上手いホステスがいました。ショウ・タイムにはいつもプロシンガーの穴埋めをやらされています。彼女が恋のイザコザから自殺しました。自殺するほど男を愛せますか?  

 詩も詠めん、恋も解らん 音楽の素養もない 俺は唯酒を飲むだけです。

大昔 亡父が「お前の酒の飲み方は まるで労働者みたいだ・・・」と哀れんだことがありましたが、ほんに私は労働者が御似合いです。 と言っても「万国の労働者、団結せよ!」なんて大声を立てる口先はありませんが・・・。

              おわり