今は昔#27 「包丁一本 晒に巻いて・・・」 中津さんそん

 

(はじめに)

 【美味い】から給食は存在してるのです。【不味い】給食などもともとありません。

学校給食にしろ社員食堂にしろ 食事が保障されているとしたら嬉しいことです。学童の私なら 給食があるだけで毎日登校する元気があるというものです。

社員食堂なんてのも よくよく考えてみたら贅沢なもんです。一度でいいからカッコいい社食で昼飯食いたかった。。青年の私は精々が国鉄(jr前身)とか官公庁の地下食堂を狙うしか手はなかったものですから 元々「安くて美味い」昼飯には恨みがあるのです。

「食事が保障されている事は命を保証されている」ようなものでしょう。この表現は大袈裟ですか? 私には夢に近い話でしたが・・・

だから 俺にとっては給食仕事は夢の実現第一歩だったのでした。

(本文)

 給食仕事と言うべきですか食仕事というべきでしょうか 兎にも角にも この仕事は青年の性に合いました 

いい年こいて青年は夢中になったのでした、そうその時は私は青年末期になっておりました。あまりにも遅すぎるスタートです。知能遅滞 発達障害と言うべきでしょうか…。

 偶々に世話になりました給食会社で 私は上司に恵まれました。現場の主任です。私より年下で30人近くの男や女を動かしております。多くは自分より年長者です。中学を卒業以前から和食の道に入り寿司・フグの経験も持っています。。

給食界の職人にしては正当な和食技能を持った貴重な男でした。通勤電車の中では 何時も「朝日ジャーナル」を読んでいる男です。朝日ジャーナルなんて週刊誌は当時でも余程インテリぶった紳士淑女でないかぎり人前で広げる雑誌ではありません。

 この男、部下の使い方は巧く 料理調理の指示は的確で部下のプライドを傷つけない。若いけど「いいオヤジさん」なのです。

ですけど こんな風貌の男がヤタラに女性にもててる不思議さです。

 「あいつは女にはダラシナイ」と評判は悪いのです。酒癖も良いわけがない。。周囲は遠慮して何も言わないけれど朝から酒臭い。ギャンブルに至っては妻が家出をしてしまったこを見ても推して知るべしということに為ります。まるで映画か小説で創作されたような男です。ですが  この手の和食職人は多いんですワ・・・

 私もこの主任の紹介もあったりして種々調理現場を渡り歩きました。「職人は旅をしなければいかん」と言う業界常識と若者自身の旅哲学で生活は充実していました。

ある時には 警察機動隊待機宿舎に住み込み就職をしたこともあります。24時間何時出動するかしれない若い隊員相手に24時間営業の食堂ですから 私のようなフーテン職人でも必要となるのでしょう。 宿舎の風呂は共用ですから裸で一緒になるのですが その健康いっぱいの肉体を見せつけられますと「とても勝負なんか出来る相手ではない」と苦笑ものす。。

 ある時には 事もあろうに本場の板場に潜り込んでいたのです。瀬戸内の某官幣大社の結婚式場です。どうしてこんな仕儀になったのか前後の事情は忘念しましたが 多分若者の特権である【盲目 蛇に怖じず】の類でしょう。

腕だけがmonoを言う世界です。例え本人の意思がどうであれ 板場うちで飛び交う言葉は腕の劣る未熟者の耳にはパワハラ以外の何ものでもありません。口惜しかったら腕上げろ 誰も事は教えない 此処は調理学校ではありません 技量は見て覚えろ 先輩や親方から盗むのだ。

(いやーとてもじゃないが神経が持たない)

これを抜けなきゃー 一人前の職人にはなれない。判っとる

それでも一年近くは辛抱しました。ある夜 青年は出奔しました。

(おわりに)

青年は辛抱出来なかったのです。ダメな男です.その所為か未だに一人前の人間になっていない感じです。

 後々の話になりますが 私は明石の経験をもとにして料理や営業者、能書き評論家等々まともに判断出来る様になっていたのです。 今となっては感謝しかありません。

             おわり、