今は昔・・#2  「青年は荒野を目指す」 中津さんそん

 

今から60数年前の1960年代の終わりごろの新宿駅前です。何時ものように二幸で待ち合わせました。何時もの山友だちと 青蛾まで足を延ばしてコーヒーを飲みました。。 「ジャー、行くわ・・・」 「うん 元気でな・・・」

東京を離れて  もう半世紀以上になりますが東京には戻ってはいません。

人生到る所青山あり と言うではありませんか。まあ いいか・・・。

本文 

 横浜に行くのに東京駅に行かずに渋谷に向かい東横線に乗りました。 途中車窓からでも代官山駅を目にしておきたかったのです。ガケ下にへばり付いたような小さな駅は 子供心にも変な怖い印象があって避けていた駅です。それが妙に気がかりなのです。

桜木町まで行き 伊勢佐木町に向かい《ピーナッツ》で一人旅立ちをビールで祝いました。《根岸屋》に立ち寄り寿町に歩きました。寿町は 東京の山谷 大阪の釜ヶ崎と並ぶ三大ドヤ街の一つでしたが当時は最もスマートなカスバでした。

 青年は馴染みのドヤ(簡易宿泊ホテル)に入り寝ころびながら【あれこれ どうして?】だとか【行末】などを考えてみました

要するに 【人間関係】がうまくいかないのです。 父親とも、ある女性とも職場でも。 人間関係なんか世界中何処に行っても上手くいくとこなんかアリャしないでしょう。 青年の甘ったれの極みです。 82馬齢の私なら 「人生不条理」ならばと言って 「人生条理あり」なんてことハリキラんこと 「けだし人生不可解」なんて問題は答え書かないで白紙でOKでしょう。

昨夜 親父に「旅に出る」ことをはなしたら 何も言わなかったが あの仲たがいをしていた親は「持っていけ 」と貯金通帳と印鑑を前に置いたけど 「もし帰って来たら使うわ」と手を付けませんでした。。(今になって 遅いじゃ)

そうこうしてるうちに寝てしまいました。

                       おわり

あとがき

老人になってしまいますと どうしても思い出話が強くなります.【はなし半分】にならないように自戒してはお)ります。