Jikowws漫画#86つれづれ 「だし巻き(その3)」

大坂西成の商店街の大通りです。日曜祭日でもないのに朝から人一杯のエリアです。

「あ~あ」と両手を広げてデッカクあくびをすると 右手に何やら弾力のある塊にぶつかりました。 「ありゃ、何だい?」

途端に 「キャーエッチ!」と 若い女性の悲鳴です。

真昼間 衆人環視の中 これは堂々たるセクハラです。

「ごめんなさい  ごめんなさい」  老人が頭をペコペコ下げてひたすら謝るばかりです。  その一生懸命の誠実さに なにやら気の毒さを感じるほどでした。

「これではイチャモン沙汰」の大騒動にもなりそうもないと 周囲は何となく「ホッ!」とした空気だったのでした。

ご婦人の方は 若いのは声だけだったようです。 かなり世慣れた年増の美人です。

「あ~ら お父さん!   セクハラの御代は高いわヨ!」

と愛らしく睨んで 半ば笑いを含んだカウンターパンチは どこまでも出来ている貴婦人でした。  老人は即思いだした。 この婦人は街で評判の一杯飲み屋のマダムである。  老人は行ったことはないが この街のことはかなりニュース通なんだから。

 

 その日の経緯は 老人の方が日頃に似ない紳士的な振る舞いで「お詫びのしるしに

食事でもしながらーーー」とかなんとか言ったりしていましたが 婦人の方が「あ~ら 嬉しい。 私 いま腹ペコなのー。丁度ヨカッタ、喜んで御馳走になるわ。」と 商売人らしくノリがいい。

 二人は 何と言ったら良いのか説明に困るんだけれど 要するに意気統合となって、タクシイ拾って競馬場に走ったのでした。  なんせ「今日は“運”が付いている」と言うのが理由でした。

 婦人の誕生日の数字で馬券を買うと それが大当たり!  百万円にもなるような金額だった。  こんな嘘みたいな話。  それを又老人は「これ あんたの誕生日だから ハイ 貴方に全部ーーー」なんて恰好つけたりしてたんですわ。

銀座や新地なんかには無縁の人生やってきた老人です。 よくもマー こんな猿真似が出来たものです。 人間の深層心理というのも面白いもんです。

 本当の事を言いますと 婦人の方は夫に先立たれて五年 彼の真似をして経験のない 

呑み屋稼業をやってはいるが いままで客であれ男であれ良人以外の人間と食事なんか

したこともないというアマチュアでした。  「ナニこれ?」と 本人は大人ぶって苦笑するのでした。

正に この二人は「似たもの連れ合い」でした

。事の成り行きからか、 「うちに寄っていってよ」と誘われるままについていくと

繁華街を外れた小路に”割烹二分一の暖簾が目につきました。 どうやら商売同居の小さな酒場です。  どうも廃業してるみたいな風情です。  西成の酒場とは別物なのでしょう。

 二人仲良くなって飲み食いしてた話によると 表の縄のれんは 夫が生前一人でやっていたものだと。   「だし巻き」が評判の酒肴、けっこう繁盛しとぃたらしい。

女将の強い「あの男の仕事場見てやって下さい・・・」の口吻におれて覗いてみて感動した。

拭き掃除された調理カウンターは いつ客を迎えてもオーケーとばかりに清掃されていた。  恐らく 未亡人の陰膳ならむ陰準備というものでしょうか。

老人の気を引いたのは カウンターの横壁に客には見えないように標語みたいなものがぶら下がっていることです。 小学生の習字の練習みたいな一生懸命真面目の書体です。 曰く 「だしは玉子の半分」。  伝承の数字2:1のことです。  現場ではつい手抜きしがちな数字なのです。  亭主の自戒でしょう。

  真の男についてきた女房はやはりまことの女御でしょうね。

     おわり            中津さんそん