私の終活 やはり「酒と山と児童少年少女小説」が続きます。中津さんそん

 

d(孫への遺書 三番「二十万円拾った話」

(梗概)

横田老夫婦は 大阪大和川沿いで廃品回収を生業としています。廃品の中から持ち主不明の二十万円を取得します.猫ババせんとしたのですが孫娘の忠告でケイサツへ。

やがてバックしてくる二十万円の使途を巡って 家族会議は踊ります

老後の医療費 こども保険 貯金 旅行等々のアイディアの中から結局 「新幹線に乗ってディズニ-ランド」に決定します。   その顛末です。

(本文)

 大阪大和川河口の右岸に 二百世帯の市営住宅の団地があります。

木造平屋を半分にして二世帯にしたもので スペ-スは六畳に四畳半

猫の額ほどの台所に便所です。市営住宅には風呂はありませんが 人の集まるところには 湯屋と酒屋は必ずありましたから 生活に不便はありません。

 近くには一級河川が流れていますし 晴れた日には遠くの紀伊の山々が美しい。

横田さんは 築四十年の市営住宅に団地誕生以来の住人です。  団地の皆さんは 所帯はみな似たり寄ったりです。

 横田夫婦は 男七十三に女七十八 の老夫婦で廃品空き缶回収のリヤカ-を引いています。 今は月七万ぐらいの収入しかありませんが バブルの時には大分遊んだという話です。

 この二人 遊び人の成れの果てみたいな感じがしないでもないのですが どうもピッタリしない。 と言うのも 女房の方は たおやかな絶世の美女なのに 男ときたら 表現に困る<貧相まるだし>の気の毒さなのでした。 連れだって歩くには チトどちらかが遠慮でもするんじゃないのかと気を回すところですが 実際は 二人は非常に仲がいい 仕事も一緒、うちでも一緒なのです。 絶対に ワケあり夫婦に違いないのです。

 で 団地の老悪ガキ連中は今でもヤツカミ半分にこんな話をするのです。

彼女は近くの住吉さんのお嬢さんでした。住吉さんは源氏の昔から瀟洒な別荘地でした。

美少女の時から 寄ってくる王子さまはゴマンといました いずれもイケメン金持ち頭脳ピカイチ親も立派家柄文句なし。

ところが結果は 噂に上るどころか存在すら知られていなかった、<今の旦那様>に決まったのでした。

その理由が後日明らかとなり 一時はとんだ週刊誌ダネとなったものです。 

彼女が業病の持ち主であることが知れ渡ると みんな逃げてしまったのでした。 結局残った彼が 「貧乏くじを引いた」ということになったのでした。

 花嫁の父は 常識外の持参金を持たせたりしたのですが 男は「俺にはそんな大金使う能力ないから」と 全て断ったといいます。

横田老人が 未だに団地婦人たちに人気があるのは この時の格好にあるのかもしれません

 横田さんの一人娘さんもおなじ団地に住んでいます。

こっちの方は 五才と七歳の娘に近くの鉄工所に正社員安月給で頑張る婿さんの四人家族です。どちらかと言うと 親の所帯より見栄えはいい。

 横田夫人は とくに心臓が悪いのです。団地の名物医者には「活火山だね いつ爆発するかわからない 酒なんか飲んでる暇ないよ」とニヤニヤ脅されては ノ-テンキの婿さんも「馬鹿にすんなよ」と真面目ずらになるというもんです。。 

 炊事洗濯拭き掃除etc力仕事は全て男がやります。「大事にしてもらってありがとうございます」と 嫁さんはニコニコですが 廃品回収のリヤカ-押しだけは頑として続けるのでした。

婿さんが「俺の面目もあるだろう…」とか 里の父母が本当に娘の体を心配してもダメ、医者の忠告なんてまるでノ-テンキに説教でした。。夫は何も言わない。

 娘は 親の元に毎日顔を出します。 やはり母の体のことを考えると一日として安閑としておれないのです。

両親と私には血の繋がりはありません。何処のどぶ猫とも知れない子猫を拾って育ててくれた二人です。いくら子供の授からない男女にしても あの環境での養子縁組は余程の覚悟であっただろうと想像できます。言葉では 私の心は表現できません

 時には こんな話にもなってしまいます。

「もうソロソロ リヤカ-引く仕事止めてもいいんじゃない?」

「止めたら めし食えんだろう・・・」『わしら 年金無いんだぞ!』

知っています。だから、話は生活保護の福祉のことに為ってしまう。しかし この生活保護という言葉がややこしいのです。.

両親の反論はいつも同じです。

「働けるうちは働く 死んでも働く」と ニヤリと笑う。全然関心ないのです。

優等生ではなかったにしろ まあまあ真面目人間やって来たじゃない ズルしてるわけじゃないんだから 困っているときに助けてもらったって罰当たらんわよ」

神様だって許してくれる。

 以前に区役所の職員と民生委員が連れ立って事情を見に来たことがありました。その時の詳しいことは省きますが 結果は要するに「全然話にならない」

老人二人は怒って口も利かない。生活保護の言葉は もともとタブ-でしたが この日以来特に非道くなったみたいです。

 いい加減 ややこしいプライドなんか捨ててほしいのですけど 実をいうと 娘は両親の頑固な性格嫌いではないのです。

生活保護の話は お爺ちゃんの心を傷つけます。何処に妻の体を心配しない男がいるでしょう? おれは己の甲斐性なしが恨めしいのだ

 そこで娘は言います  「だったら 私たち一緒に住む?」

――――――――エエッーーーーーーー冗談言うな-----

六畳と四畳半の家に 今だってお前たち夫婦に子供二人の四人家族で一杯じゃないか

どうやって 老人二人が割り込めるんですか?

「貧乏所帯と貧乏所帯が合体したら 絶対 良いこと起きるから・・・」

と 娘は屈託なく笑います

ああ 全く情けない   それにしても 金が欲しい。

この時です 二十万円もの現金を拾ったのは・・・

横田夫婦は 朝からの街回り回収仕事を終えて寄せ場に戻ってきました  何時ものように仕分けをやっていると厚めの封筒が出てきたのです。現金です 何処で集めたのか全く記憶にありません

夫婦は一瞬見合わせてニンマリ。周囲をキョロキョロ誰も見てないことを確かめ 後は そそくさと片づけ早々に家路についたのでした。

横田夫人とて こんな時の段取りの良さは 夫唱婦随 何時の間にか慣れたものです。

 数えてみたら 二十万円。考えることは 貯金か旅行しかない。

しかし 老人にとっては”旅行”しか考えられない。もう二十年も昔になりますが 悔やんでも悔やみきれないキャンセルがあるのですぅ。

 それは娘の結婚でした。 まるで子猫を呉れてやるような結婚でした。

事情が事情であっただけに 横田親娘ともども先様の一族さえからも何んの異を唱えるものはありませんでした。 横田さんも 「結婚の形」に悔やんでいるのではありません。

夫婦は心に決めていたのです。 「あれだな せめて最後は 家族旅行とフンパツして送り出してやるか・・・」 富士屋ホテルとまではいかんけど 六甲のバ-ベキュウ-ぐらいならいけるだろう・・・

なのに結果は 近くのファミレスで最後の晩餐となったのでした  此れがいまだに「忘れられない“やり残し”」なのです。 「一生の思い出を残してやれなかった」

 金がカタキだ。夫婦の心にはこの時の無念しかない。老後も貯金も糞もあるか・・・

 何れにしろ 二人は翌朝起き抜けに娘の家に駆け付けました。

「なによ こんなに早く?」

「どうしたの?」 孫たちも寝ぼけ眼で寄ってきます。

「ヤッタゼ! 二十万円ゲットした」 意味不明 わかんない だけど二十万円の意味は

即理解します。

「やったじゃ…」  二人の孫とジジババは ハイタッチで歓声を上げます。

「ヘ---宝くじでも買ったの?  ギャンブル止めたんと違うの?」

「いや---そうじゃないんだ】夫婦は不審がる娘に金を拾った経緯を説明します。

「そうなの? 神様も味なことやって呉れるわね・・・」

とご満悦になります。 孫が急に真顔になって「はやく交番に届けないと 罰が当たりわよ---」交番 と聞いて 一瞬大人たちは顔見合わせて黙ってしまいました。

仕事柄 千円札が古新聞に挟まっていることは常時だけれども そんな金は余禄として有難く頂戴してきた。 交番に届けたことなんて一度もないわい・ 

さて困った。 二十万円ともなると やはり交番かよ?  孫の手前もあるし++**---

 大人たちの狼狽ぶりが面白いのか 孫は「お金を拾ったら直ぐ交番に届けましょう  これ常識 学校では皆んな知っています---」 

 「そうだ そうだ ちゃんと交番に届けます

今から行こうと思って その相談にきたんだよ なあ ばあさん・・・」

こりゃあ―――孫に教えたのはマズカッタぜ-----

「おじいちゃん 何故泣きそうに笑っているの?」と 納得しない孫に 母親が説明します。

「落としたお金はまず戻ってこないわね  第一 みんな同じ顔してるし 名前書いてるわけでもないし もし 落としたお金は俺のだ なんていう人がいても ウソかホントか 調べるのに時間はかかるし大変なのよ。

 警察の人が調べても だいたいは拾った人のものになった方が公平なような気がするのは 何故だか理由が解るでしょ? 

だから このお金もやがてお爺ちゃんの元に帰って来ます。  目出度し目出度し  正直をした人へ 神様からのプレゼントです」

 お母さんにしては長い話でした。これでジジの機嫌は直るし 世の中万々歳でした。

 

 それからの毎日は ”家族”には夢の毎日となりました

お金の使い途に頭を絞る毎日です。 今までこんな楽しい苦労をしたことはありません。

やはり 貯金か旅行です。不思議に買い物の話は出てこない。

 老夫婦にとって 娘家族の将来は心配です。で おばあちゃんが「給食貯金はどう?」

「なに それ?」

「給食代って あんがい困る事ってあるのよ」

「あるある  でもね 子供の給食代ぐらいお父さんがご飯食べなくとも払いますからご心配なく」で却下。  一番の心配は おばあちゃん自身の心臓なのに…

医者病気をそっちのけに 家族会議に一番舞い上がっているのは 横田老婦人なのです。

 旅行ときたら 孫の夢に迷いはない。  ただ一直線 <新幹線に乗って ディズニ-ランドに家族旅行> 横田老夫婦に異存はない

プランは時間とともに大きく膨らんで行きます。

學校で今まで ディズニ-ランド経験者には散々自慢話を聞かされ 嫌-な感じをさせられたものです。今度はこっちが御返しをしてやる番だ。

向こうは外のホテルに泊まったのだけれども 私たちは園内のホテルなんだから ホテルの名前の入ったタオルや石鹸を記念に持って帰るんだから---

医者の話や 教育資金でも貯金なんか どこかに吹っ飛んでしまっていたのでした。

 

 「あと一週間もすれば------」 

お母さんは気づかれないように 残り日数を数えています。

「お母さん お話があるの…」

突然背後から声を掛けられビックリしました。

広美と和代の娘です。 姉の広美が「あのーーー」と言いよどんで

「ディズニ-ランド止めてもいいよ  和代と相談したんだけど・・・」

姉と手をつないでいた妹が コックリ頷きました。

「えーーーっ  どうしたの?」 母は咄嗟には意味が解りません

「あんなに行きたがっていたじゃないの  今頃急に、何かあったの?」

お母さんは娘二人の話をジックリ聞きました。

「最近おばあちゃんの様子がどうも怪かしい 絶対に何か隠している。早く病に連れて行った方が良いよ」

「様子が怪かしい?」

私には特にそんな感じはしないけど・・・ 何時もの通り元気だけれども  ディズニ-ランドが決まってからは元気倍増だけれども・・・

「どこがへんなの?」

「眼が変なの 黒目と白めの動きが妙なんよーーー」

お母さんは早速お爺ちゃんに連絡しました。 夫婦である夫でさえ妻の元気を信じております。  孫の取越苦労?。でも 嫌な気分です。子供の五感には 本当に小さな変化も感じ取る能力がある。

父と娘は 「おばあちゃんは体が体だから---」と大事を取って 最初におばあちゃんの検査をしてから東京にしようと 本人に相談したところ 彼女はことのほかに声を荒らげて怒ったのでした。

 「いったん決めた約束は守る。 私は毎日 夢にまで見てるんです」と涙を流します。

娘は直感します、母は老いてなを あの家族旅行のキャンセルを拘っているに違いないのです。今まで見たことのない母の執念です。

 結局 おばあちゃんの元気印におしきられて

「ジャー 帰ってきたらすぐ検査だよ」と妥協したのでした。

 急な危険とも思われなかったからでした。 こんな時 嫌なことなんか絶対起こりっこないと 誰もが信じておりました。

 

 翌朝 何という事でしょう  おばあちゃんが倒れたのです。

やはり 神様なんて この世にはおりません。

確かに 孫たちはシグナルを見ました。医者も周囲も十分警戒をしていました

おばあちゃんは 夢うつつの中で 「ごめん ごめん」と孫には謝るばかりです。そして 娘の手を取って「間に合わなかったか・・・ごめんなさい」と泣くのでした。

お爺ちゃんには 目で深々と頭を下げ「ありがとうございました」と繰り返しながら二日後に亡くなりました。

 葬式は団地の集会所で行いました。

「葬式なんて必要ない  皆んなに掌を合わせてもらったら、それでよい」とする父に娘は反発 どうしても「葬式は格好つける」と譲らず 父に代わって喪主を務めたのでした

 二十万円の葬式なんて いくら集会所を使っても簡素なものです。お坊さんの経なんか

奇妙なくらい短いものでした。

 参列者のお焼香 出棺お別れまで 横田さんは妻の枕もとでそれしか知らない般若心経を繰り返していました、何千回も、いや何万回も・・・。

 最後はチョットだけ贅沢をしてみました

金ぴかに輝く霊きゅう車に家族六人で乗ったのです。 新幹線の代わりと言う気持ちがあったのです。  こんな霊きゅう車 最近はあまり見ませんけど まるで白雪姫が乗るような美しい車でした。

生活保護にかかっていると 最後はワゴン車だから こうはいかないのです。

                おわり

*本文は 去る一月のブログに手をいれたものです。  

d(孫への遺書 三番「二十万円拾った話」

(梗概)

横田老夫婦は 大阪大和川沿いで廃品回収を生業としています。廃品の中から持ち主不明の二十万円を取得します.猫ババせんとしたのですが孫娘の忠告でケイサツへ。

やがてバックしてくる二十万円の使途を巡って 家族会議は踊ります

老後の医療費 こども保険 貯金 旅行等々のアイディアの中から結局 「新幹線に乗ってディズニ-ランド」に決定します。   その顛末です。

(本文)

 大阪大和川河口の右岸に 二百世帯の市営住宅の団地があります。

木造平屋を半分にして二世帯にしたもので スペ-スは六畳に四畳半

猫の額ほどの台所に便所です。市営住宅には風呂はありませんが 人の集まるところには 湯屋と酒屋は必ずありましたから 生活に不便はありません。

 近くには一級河川が流れていますし 晴れた日には遠くの紀伊の山々が美しい。

横田さんは 築四十年の市営住宅に団地誕生以来の住人です。  団地の皆さんは 所帯はみな似たり寄ったりです。

 横田夫婦は 男七十三に女七十八 の老夫婦で廃品空き缶回収のリヤカ-を引いています。 今は月七万ぐらいの収入しかありませんが バブルの時には大分遊んだという話です。

 この二人 遊び人の成れの果てみたいな感じがしないでもないのですが どうもピッタリしない。 と言うのも 女房の方は たおやかな絶世の美女なのに 男ときたら 表現に困る<貧相まるだし>の気の毒さなのでした。 連れだって歩くには チトどちらかが遠慮でもするんじゃないのかと気を回すところですが 実際は 二人は非常に仲がいい 仕事も一緒、うちでも一緒なのです。 絶対に ワケあり夫婦に違いないのです。

 で 団地の老悪ガキ連中は今でもヤツカミ半分にこんな話をするのです。

彼女は近くの住吉さんのお嬢さんでした。住吉さんは源氏の昔から瀟洒な別荘地でした。

美少女の時から 寄ってくる王子さまはゴマンといました いずれもイケメン金持ち頭脳ピカイチ親も立派家柄文句なし。

ところが結果は 噂に上るどころか存在すら知られていなかった、<今の旦那様>に決まったのでした。

その理由が後日明らかとなり 一時はとんだ週刊誌ダネとなったものです。 

彼女が業病の持ち主であることが知れ渡ると みんな逃げてしまったのでした。 結局残った彼が 「貧乏くじを引いた」ということになったのでした。

 花嫁の父は 常識外の持参金を持たせたりしたのですが 男は「俺にはそんな大金使う能力ないから」と 全て断ったといいます。

横田老人が 未だに団地婦人たちに人気があるのは この時の格好にあるのかもしれません

 横田さんの一人娘さんもおなじ団地に住んでいます。

こっちの方は 五才と七歳の娘に近くの鉄工所に正社員安月給で頑張る婿さんの四人家族です。どちらかと言うと 親の所帯より見栄えはいい。

 横田夫人は とくに心臓が悪いのです。団地の名物医者には「活火山だね いつ爆発するかわからない 酒なんか飲んでる暇ないよ」とニヤニヤ脅されては ノ-テンキの婿さんも「馬鹿にすんなよ」と真面目ずらになるというもんです。。 

 炊事洗濯拭き掃除etc力仕事は全て男がやります。「大事にしてもらってありがとうございます」と 嫁さんはニコニコですが 廃品回収のリヤカ-押しだけは頑として続けるのでした。

婿さんが「俺の面目もあるだろう…」とか 里の父母が本当に娘の体を心配してもダメ、医者の忠告なんてまるでノ-テンキに説教でした。。夫は何も言わない。

 娘は 親の元に毎日顔を出します。 やはり母の体のことを考えると一日として安閑としておれないのです。

両親と私には血の繋がりはありません。何処のどぶ猫とも知れない子猫を拾って育ててくれた二人です。いくら子供の授からない男女にしても あの環境での養子縁組は余程の覚悟であっただろうと想像できます。言葉では 私の心は表現できません

 時には こんな話にもなってしまいます。

「もうソロソロ リヤカ-引く仕事止めてもいいんじゃない?」

「止めたら めし食えんだろう・・・」『わしら 年金無いんだぞ!』

知っています。だから、話は生活保護の福祉のことに為ってしまう。しかし この生活保護という言葉がややこしいのです。.

両親の反論はいつも同じです。

「働けるうちは働く 死んでも働く」と ニヤリと笑う。全然関心ないのです。

優等生ではなかったにしろ まあまあ真面目人間やって来たじゃない ズルしてるわけじゃないんだから 困っているときに助けてもらったって罰当たらんわよ」

神様だって許してくれる。

 以前に区役所の職員と民生委員が連れ立って事情を見に来たことがありました。その時の詳しいことは省きますが 結果は要するに「全然話にならない」

老人二人は怒って口も利かない。生活保護の言葉は もともとタブ-でしたが この日以来特に非道くなったみたいです。

 いい加減 ややこしいプライドなんか捨ててほしいのですけど 実をいうと 娘は両親の頑固な性格嫌いではないのです。

生活保護の話は お爺ちゃんの心を傷つけます。何処に妻の体を心配しない男がいるでしょう? おれは己の甲斐性なしが恨めしいのだ

 そこで娘は言います  「だったら 私たち一緒に住む?」

――――――――エエッーーーーーーー冗談言うな-----

六畳と四畳半の家に 今だってお前たち夫婦に子供二人の四人家族で一杯じゃないか

どうやって 老人二人が割り込めるんですか?

「貧乏所帯と貧乏所帯が合体したら 絶対 良いこと起きるから・・・」

と 娘は屈託なく笑います

ああ 全く情けない   それにしても 金が欲しい。

この時です 二十万円もの現金を拾ったのは・・・

横田夫婦は 朝からの街回り回収仕事を終えて寄せ場に戻ってきました  何時ものように仕分けをやっていると厚めの封筒が出てきたのです。現金です 何処で集めたのか全く記憶にありません

夫婦は一瞬見合わせてニンマリ。周囲をキョロキョロ誰も見てないことを確かめ 後は そそくさと片づけ早々に家路についたのでした。

横田夫人とて こんな時の段取りの良さは 夫唱婦随 何時の間にか慣れたものです。

 数えてみたら 二十万円。考えることは 貯金か旅行しかない。

しかし 老人にとっては”旅行”しか考えられない。もう二十年も昔になりますが 悔やんでも悔やみきれないキャンセルがあるのですぅ。

 それは娘の結婚でした。 まるで子猫を呉れてやるような結婚でした。

事情が事情であっただけに 横田親娘ともども先様の一族さえからも何んの異を唱えるものはありませんでした。 横田さんも 「結婚の形」に悔やんでいるのではありません。

夫婦は心に決めていたのです。 「あれだな せめて最後は 家族旅行とフンパツして送り出してやるか・・・」 富士屋ホテルとまではいかんけど 六甲のバ-ベキュウ-ぐらいならいけるだろう・・・

なのに結果は 近くのファミレスで最後の晩餐となったのでした  此れがいまだに「忘れられない“やり残し”」なのです。 「一生の思い出を残してやれなかった」

 金がカタキだ。夫婦の心にはこの時の無念しかない。老後も貯金も糞もあるか・・・

 何れにしろ 二人は翌朝起き抜けに娘の家に駆け付けました。

「なによ こんなに早く?」

「どうしたの?」 孫たちも寝ぼけ眼で寄ってきます。

「ヤッタゼ! 二十万円ゲットした」 意味不明 わかんない だけど二十万円の意味は

即理解します。

「やったじゃ…」  二人の孫とジジババは ハイタッチで歓声を上げます。

「ヘ---宝くじでも買ったの?  ギャンブル止めたんと違うの?」

「いや---そうじゃないんだ】夫婦は不審がる娘に金を拾った経緯を説明します。

「そうなの? 神様も味なことやって呉れるわね・・・」

とご満悦になります。 孫が急に真顔になって「はやく交番に届けないと 罰が当たりわよ---」交番 と聞いて 一瞬大人たちは顔見合わせて黙ってしまいました。

仕事柄 千円札が古新聞に挟まっていることは常時だけれども そんな金は余禄として有難く頂戴してきた。 交番に届けたことなんて一度もないわい・ 

さて困った。 二十万円ともなると やはり交番かよ?  孫の手前もあるし++**---

 大人たちの狼狽ぶりが面白いのか 孫は「お金を拾ったら直ぐ交番に届けましょう  これ常識 学校では皆んな知っています---」 

 「そうだ そうだ ちゃんと交番に届けます

今から行こうと思って その相談にきたんだよ なあ ばあさん・・・」

こりゃあ―――孫に教えたのはマズカッタぜ-----

「おじいちゃん 何故泣きそうに笑っているの?」と 納得しない孫に 母親が説明します。

「落としたお金はまず戻ってこないわね  第一 みんな同じ顔してるし 名前書いてるわけでもないし もし 落としたお金は俺のだ なんていう人がいても ウソかホントか 調べるのに時間はかかるし大変なのよ。

 警察の人が調べても だいたいは拾った人のものになった方が公平なような気がするのは 何故だか理由が解るでしょ? 

だから このお金もやがてお爺ちゃんの元に帰って来ます。  目出度し目出度し  正直をした人へ 神様からのプレゼントです」

 お母さんにしては長い話でした。これでジジの機嫌は直るし 世の中万々歳でした。

 

 それからの毎日は ”家族”には夢の毎日となりました

お金の使い途に頭を絞る毎日です。 今までこんな楽しい苦労をしたことはありません。

やはり 貯金か旅行です。不思議に買い物の話は出てこない。

 老夫婦にとって 娘家族の将来は心配です。で おばあちゃんが「給食貯金はどう?」

「なに それ?」

「給食代って あんがい困る事ってあるのよ」

「あるある  でもね 子供の給食代ぐらいお父さんがご飯食べなくとも払いますからご心配なく」で却下。  一番の心配は おばあちゃん自身の心臓なのに…

医者病気をそっちのけに 家族会議に一番舞い上がっているのは 横田老婦人なのです。

 旅行ときたら 孫の夢に迷いはない。  ただ一直線 <新幹線に乗って ディズニ-ランドに家族旅行> 横田老夫婦に異存はない

プランは時間とともに大きく膨らんで行きます。

學校で今まで ディズニ-ランド経験者には散々自慢話を聞かされ 嫌-な感じをさせられたものです。今度はこっちが御返しをしてやる番だ。

向こうは外のホテルに泊まったのだけれども 私たちは園内のホテルなんだから ホテルの名前の入ったタオルや石鹸を記念に持って帰るんだから---

医者の話や 教育資金でも貯金なんか どこかに吹っ飛んでしまっていたのでした。

 

 「あと一週間もすれば------」 

お母さんは気づかれないように 残り日数を数えています。

「お母さん お話があるの…」

突然背後から声を掛けられビックリしました。

広美と和代の娘です。 姉の広美が「あのーーー」と言いよどんで

「ディズニ-ランド止めてもいいよ  和代と相談したんだけど・・・」

姉と手をつないでいた妹が コックリ頷きました。

「えーーーっ  どうしたの?」 母は咄嗟には意味が解りません

「あんなに行きたがっていたじゃないの  今頃急に、何かあったの?」

お母さんは娘二人の話をジックリ聞きました。

「最近おばあちゃんの様子がどうも怪かしい 絶対に何か隠している。早く病に連れて行った方が良いよ」

「様子が怪かしい?」

私には特にそんな感じはしないけど・・・ 何時もの通り元気だけれども  ディズニ-ランドが決まってからは元気倍増だけれども・・・

「どこがへんなの?」

「眼が変なの 黒目と白めの動きが妙なんよーーー」

お母さんは早速お爺ちゃんに連絡しました。 夫婦である夫でさえ妻の元気を信じております。  孫の取越苦労?。でも 嫌な気分です。子供の五感には 本当に小さな変化も感じ取る能力がある。

父と娘は 「おばあちゃんは体が体だから---」と大事を取って 最初におばあちゃんの検査をしてから東京にしようと 本人に相談したところ 彼女はことのほかに声を荒らげて怒ったのでした。

 「いったん決めた約束は守る。 私は毎日 夢にまで見てるんです」と涙を流します。

娘は直感します、母は老いてなを あの家族旅行のキャンセルを拘っているに違いないのです。今まで見たことのない母の執念です。

 結局 おばあちゃんの元気印におしきられて

「ジャー 帰ってきたらすぐ検査だよ」と妥協したのでした。

 急な危険とも思われなかったからでした。 こんな時 嫌なことなんか絶対起こりっこないと 誰もが信じておりました。

 

 翌朝 何という事でしょう  おばあちゃんが倒れたのです。

やはり 神様なんて この世にはおりません。

確かに 孫たちはシグナルを見ました。医者も周囲も十分警戒をしていました

おばあちゃんは 夢うつつの中で 「ごめん ごめん」と孫には謝るばかりです。そして 娘の手を取って「間に合わなかったか・・・ごめんなさい」と泣くのでした。

お爺ちゃんには 目で深々と頭を下げ「ありがとうございました」と繰り返しながら二日後に亡くなりました。

 葬式は団地の集会所で行いました。

「葬式なんて必要ない  皆んなに掌を合わせてもらったら、それでよい」とする父に娘は反発 どうしても「葬式は格好つける」と譲らず 父に代わって喪主を務めたのでした

 二十万円の葬式なんて いくら集会所を使っても簡素なものです。お坊さんの経なんか

奇妙なくらい短いものでした。

 参列者のお焼香 出棺お別れまで 横田さんは妻の枕もとでそれしか知らない般若心経を繰り返していました、何千回も、いや何万回も・・・。

 最後はチョットだけ贅沢をしてみました

金ぴかに輝く霊きゅう車に家族六人で乗ったのです。 新幹線の代わりと言う気持ちがあったのです。  こんな霊きゅう車 最近はあまり見ませんけど まるで白雪姫が乗るような美しい車でした。

生活保護にかかっていると 最後はワゴン車だから こうはいかないのです。

                おわり

*本文は 去る一月のブログに手をいれたものです。  

d(孫への遺書 三番「二十万円拾った話」

(梗概)

横田老夫婦は 大阪大和川沿いで廃品回収を生業としています。廃品の中から持ち主不明の二十万円を取得します.猫ババせんとしたのですが孫娘の忠告でケイサツへ。

やがてバックしてくる二十万円の使途を巡って 家族会議は踊ります

老後の医療費 こども保険 貯金 旅行等々のアイディアの中から結局 「新幹線に乗ってディズニ-ランド」に決定します。   その顛末です。

(本文)

 大阪大和川河口の右岸に 二百世帯の市営住宅の団地があります。

木造平屋を半分にして二世帯にしたもので スペ-スは六畳に四畳半

猫の額ほどの台所に便所です。市営住宅には風呂はありませんが 人の集まるところには 湯屋と酒屋は必ずありましたから 生活に不便はありません。

 近くには一級河川が流れていますし 晴れた日には遠くの紀伊の山々が美しい。

横田さんは 築四十年の市営住宅に団地誕生以来の住人です。  団地の皆さんは 所帯はみな似たり寄ったりです。

 横田夫婦は 男七十三に女七十八 の老夫婦で廃品空き缶回収のリヤカ-を引いています。 今は月七万ぐらいの収入しかありませんが バブルの時には大分遊んだという話です。

 この二人 遊び人の成れの果てみたいな感じがしないでもないのですが どうもピッタリしない。 と言うのも 女房の方は たおやかな絶世の美女なのに 男ときたら 表現に困る<貧相まるだし>の気の毒さなのでした。 連れだって歩くには チトどちらかが遠慮でもするんじゃないのかと気を回すところですが 実際は 二人は非常に仲がいい 仕事も一緒、うちでも一緒なのです。 絶対に ワケあり夫婦に違いないのです。

 で 団地の老悪ガキ連中は今でもヤツカミ半分にこんな話をするのです。

彼女は近くの住吉さんのお嬢さんでした。住吉さんは源氏の昔から瀟洒な別荘地でした。

美少女の時から 寄ってくる王子さまはゴマンといました いずれもイケメン金持ち頭脳ピカイチ親も立派家柄文句なし。

ところが結果は 噂に上るどころか存在すら知られていなかった、<今の旦那様>に決まったのでした。

その理由が後日明らかとなり 一時はとんだ週刊誌ダネとなったものです。 

彼女が業病の持ち主であることが知れ渡ると みんな逃げてしまったのでした。 結局残った彼が 「貧乏くじを引いた」ということになったのでした。

 花嫁の父は 常識外の持参金を持たせたりしたのですが 男は「俺にはそんな大金使う能力ないから」と 全て断ったといいます。

横田老人が 未だに団地婦人たちに人気があるのは この時の格好にあるのかもしれません

 横田さんの一人娘さんもおなじ団地に住んでいます。

こっちの方は 五才と七歳の娘に近くの鉄工所に正社員安月給で頑張る婿さんの四人家族です。どちらかと言うと 親の所帯より見栄えはいい。

 横田夫人は とくに心臓が悪いのです。団地の名物医者には「活火山だね いつ爆発するかわからない 酒なんか飲んでる暇ないよ」とニヤニヤ脅されては ノ-テンキの婿さんも「馬鹿にすんなよ」と真面目ずらになるというもんです。。 

 炊事洗濯拭き掃除etc力仕事は全て男がやります。「大事にしてもらってありがとうございます」と 嫁さんはニコニコですが 廃品回収のリヤカ-押しだけは頑として続けるのでした。

婿さんが「俺の面目もあるだろう…」とか 里の父母が本当に娘の体を心配してもダメ、医者の忠告なんてまるでノ-テンキに説教でした。。夫は何も言わない。

 娘は 親の元に毎日顔を出します。 やはり母の体のことを考えると一日として安閑としておれないのです。

両親と私には血の繋がりはありません。何処のどぶ猫とも知れない子猫を拾って育ててくれた二人です。いくら子供の授からない男女にしても あの環境での養子縁組は余程の覚悟であっただろうと想像できます。言葉では 私の心は表現できません

 時には こんな話にもなってしまいます。

「もうソロソロ リヤカ-引く仕事止めてもいいんじゃない?」

「止めたら めし食えんだろう・・・」『わしら 年金無いんだぞ!』

知っています。だから、話は生活保護の福祉のことに為ってしまう。しかし この生活保護という言葉がややこしいのです。.

両親の反論はいつも同じです。

「働けるうちは働く 死んでも働く」と ニヤリと笑う。全然関心ないのです。

優等生ではなかったにしろ まあまあ真面目人間やって来たじゃない ズルしてるわけじゃないんだから 困っているときに助けてもらったって罰当たらんわよ」

神様だって許してくれる。

 以前に区役所の職員と民生委員が連れ立って事情を見に来たことがありました。その時の詳しいことは省きますが 結果は要するに「全然話にならない」

老人二人は怒って口も利かない。生活保護の言葉は もともとタブ-でしたが この日以来特に非道くなったみたいです。

 いい加減 ややこしいプライドなんか捨ててほしいのですけど 実をいうと 娘は両親の頑固な性格嫌いではないのです。

生活保護の話は お爺ちゃんの心を傷つけます。何処に妻の体を心配しない男がいるでしょう? おれは己の甲斐性なしが恨めしいのだ

 そこで娘は言います  「だったら 私たち一緒に住む?」

――――――――エエッーーーーーーー冗談言うな-----

六畳と四畳半の家に 今だってお前たち夫婦に子供二人の四人家族で一杯じゃないか

どうやって 老人二人が割り込めるんですか?

「貧乏所帯と貧乏所帯が合体したら 絶対 良いこと起きるから・・・」

と 娘は屈託なく笑います

ああ 全く情けない   それにしても 金が欲しい。

この時です 二十万円もの現金を拾ったのは・・・

横田夫婦は 朝からの街回り回収仕事を終えて寄せ場に戻ってきました  何時ものように仕分けをやっていると厚めの封筒が出てきたのです。現金です 何処で集めたのか全く記憶にありません

夫婦は一瞬見合わせてニンマリ。周囲をキョロキョロ誰も見てないことを確かめ 後は そそくさと片づけ早々に家路についたのでした。

横田夫人とて こんな時の段取りの良さは 夫唱婦随 何時の間にか慣れたものです。

 数えてみたら 二十万円。考えることは 貯金か旅行しかない。

しかし 老人にとっては”旅行”しか考えられない。もう二十年も昔になりますが 悔やんでも悔やみきれないキャンセルがあるのですぅ。

 それは娘の結婚でした。 まるで子猫を呉れてやるような結婚でした。

事情が事情であっただけに 横田親娘ともども先様の一族さえからも何んの異を唱えるものはありませんでした。 横田さんも 「結婚の形」に悔やんでいるのではありません。

夫婦は心に決めていたのです。 「あれだな せめて最後は 家族旅行とフンパツして送り出してやるか・・・」 富士屋ホテルとまではいかんけど 六甲のバ-ベキュウ-ぐらいならいけるだろう・・・

なのに結果は 近くのファミレスで最後の晩餐となったのでした  此れがいまだに「忘れられない“やり残し”」なのです。 「一生の思い出を残してやれなかった」

 金がカタキだ。夫婦の心にはこの時の無念しかない。老後も貯金も糞もあるか・・・

 何れにしろ 二人は翌朝起き抜けに娘の家に駆け付けました。

「なによ こんなに早く?」

「どうしたの?」 孫たちも寝ぼけ眼で寄ってきます。

「ヤッタゼ! 二十万円ゲットした」 意味不明 わかんない だけど二十万円の意味は

即理解します。

「やったじゃ…」  二人の孫とジジババは ハイタッチで歓声を上げます。

「ヘ---宝くじでも買ったの?  ギャンブル止めたんと違うの?」

「いや---そうじゃないんだ】夫婦は不審がる娘に金を拾った経緯を説明します。

「そうなの? 神様も味なことやって呉れるわね・・・」

とご満悦になります。 孫が急に真顔になって「はやく交番に届けないと 罰が当たりわよ---」交番 と聞いて 一瞬大人たちは顔見合わせて黙ってしまいました。

仕事柄 千円札が古新聞に挟まっていることは常時だけれども そんな金は余禄として有難く頂戴してきた。 交番に届けたことなんて一度もないわい・ 

さて困った。 二十万円ともなると やはり交番かよ?  孫の手前もあるし++**---

 大人たちの狼狽ぶりが面白いのか 孫は「お金を拾ったら直ぐ交番に届けましょう  これ常識 学校では皆んな知っています---」 

 「そうだ そうだ ちゃんと交番に届けます

今から行こうと思って その相談にきたんだよ なあ ばあさん・・・」

こりゃあ―――孫に教えたのはマズカッタぜ-----

「おじいちゃん 何故泣きそうに笑っているの?」と 納得しない孫に 母親が説明します。

「落としたお金はまず戻ってこないわね  第一 みんな同じ顔してるし 名前書いてるわけでもないし もし 落としたお金は俺のだ なんていう人がいても ウソかホントか 調べるのに時間はかかるし大変なのよ。

 警察の人が調べても だいたいは拾った人のものになった方が公平なような気がするのは 何故だか理由が解るでしょ? 

だから このお金もやがてお爺ちゃんの元に帰って来ます。  目出度し目出度し  正直をした人へ 神様からのプレゼントです」

 お母さんにしては長い話でした。これでジジの機嫌は直るし 世の中万々歳でした。

 

 それからの毎日は ”家族”には夢の毎日となりました

お金の使い途に頭を絞る毎日です。 今までこんな楽しい苦労をしたことはありません。

やはり 貯金か旅行です。不思議に買い物の話は出てこない。

 老夫婦にとって 娘家族の将来は心配です。で おばあちゃんが「給食貯金はどう?」

「なに それ?」

「給食代って あんがい困る事ってあるのよ」

「あるある  でもね 子供の給食代ぐらいお父さんがご飯食べなくとも払いますからご心配なく」で却下。  一番の心配は おばあちゃん自身の心臓なのに…

医者病気をそっちのけに 家族会議に一番舞い上がっているのは 横田老婦人なのです。

 旅行ときたら 孫の夢に迷いはない。  ただ一直線 <新幹線に乗って ディズニ-ランドに家族旅行> 横田老夫婦に異存はない

プランは時間とともに大きく膨らんで行きます。

學校で今まで ディズニ-ランド経験者には散々自慢話を聞かされ 嫌-な感じをさせられたものです。今度はこっちが御返しをしてやる番だ。

向こうは外のホテルに泊まったのだけれども 私たちは園内のホテルなんだから ホテルの名前の入ったタオルや石鹸を記念に持って帰るんだから---

医者の話や 教育資金でも貯金なんか どこかに吹っ飛んでしまっていたのでした。

 

 「あと一週間もすれば------」 

お母さんは気づかれないように 残り日数を数えています。

「お母さん お話があるの…」

突然背後から声を掛けられビックリしました。

広美と和代の娘です。 姉の広美が「あのーーー」と言いよどんで

「ディズニ-ランド止めてもいいよ  和代と相談したんだけど・・・」

姉と手をつないでいた妹が コックリ頷きました。

「えーーーっ  どうしたの?」 母は咄嗟には意味が解りません

「あんなに行きたがっていたじゃないの  今頃急に、何かあったの?」

お母さんは娘二人の話をジックリ聞きました。

「最近おばあちゃんの様子がどうも怪かしい 絶対に何か隠している。早く病に連れて行った方が良いよ」

「様子が怪かしい?」

私には特にそんな感じはしないけど・・・ 何時もの通り元気だけれども  ディズニ-ランドが決まってからは元気倍増だけれども・・・

「どこがへんなの?」

「眼が変なの 黒目と白めの動きが妙なんよーーー」

お母さんは早速お爺ちゃんに連絡しました。 夫婦である夫でさえ妻の元気を信じております。  孫の取越苦労?。でも 嫌な気分です。子供の五感には 本当に小さな変化も感じ取る能力がある。

父と娘は 「おばあちゃんは体が体だから---」と大事を取って 最初におばあちゃんの検査をしてから東京にしようと 本人に相談したところ 彼女はことのほかに声を荒らげて怒ったのでした。

 「いったん決めた約束は守る。 私は毎日 夢にまで見てるんです」と涙を流します。

娘は直感します、母は老いてなを あの家族旅行のキャンセルを拘っているに違いないのです。今まで見たことのない母の執念です。

 結局 おばあちゃんの元気印におしきられて

「ジャー 帰ってきたらすぐ検査だよ」と妥協したのでした。

 急な危険とも思われなかったからでした。 こんな時 嫌なことなんか絶対起こりっこないと 誰もが信じておりました。

 

 翌朝 何という事でしょう  おばあちゃんが倒れたのです。

やはり 神様なんて この世にはおりません。

確かに 孫たちはシグナルを見ました。医者も周囲も十分警戒をしていました

おばあちゃんは 夢うつつの中で 「ごめん ごめん」と孫には謝るばかりです。そして 娘の手を取って「間に合わなかったか・・・ごめんなさい」と泣くのでした。

お爺ちゃんには 目で深々と頭を下げ「ありがとうございました」と繰り返しながら二日後に亡くなりました。

 葬式は団地の集会所で行いました。

「葬式なんて必要ない  皆んなに掌を合わせてもらったら、それでよい」とする父に娘は反発 どうしても「葬式は格好つける」と譲らず 父に代わって喪主を務めたのでした

 二十万円の葬式なんて いくら集会所を使っても簡素なものです。お坊さんの経なんか

奇妙なくらい短いものでした。

 参列者のお焼香 出棺お別れまで 横田さんは妻の枕もとでそれしか知らない般若心経を繰り返していました、何千回も、いや何万回も・・・。

 最後はチョットだけ贅沢をしてみました

金ぴかに輝く霊きゅう車に家族六人で乗ったのです。 新幹線の代わりと言う気持ちがあったのです。  こんな霊きゅう車 最近はあまり見ませんけど まるで白雪姫が乗るような美しい車でした。

生活保護にかかっていると 最後はワゴン車だから こうはいかないのです。

                おわり

*本文は 去る一月のブログに手をいれたものです。  

d(孫への遺書 三番「二十万円拾った話」

(梗概)

横田老夫婦は 大阪大和川沿いで廃品回収を生業としています。廃品の中から持ち主不明の二十万円を取得します.猫ババせんとしたのですが孫娘の忠告でケイサツへ。

やがてバックしてくる二十万円の使途を巡って 家族会議は踊ります

老後の医療費 こども保険 貯金 旅行等々のアイディアの中から結局 「新幹線に乗ってディズニ-ランド」に決定します。   その顛末です。

(本文)

 大阪大和川河口の右岸に 二百世帯の市営住宅の団地があります。

木造平屋を半分にして二世帯にしたもので スペ-スは六畳に四畳半

猫の額ほどの台所に便所です。市営住宅には風呂はありませんが 人の集まるところには 湯屋と酒屋は必ずありましたから 生活に不便はありません。

 近くには一級河川が流れていますし 晴れた日には遠くの紀伊の山々が美しい。

横田さんは 築四十年の市営住宅に団地誕生以来の住人です。  団地の皆さんは 所帯はみな似たり寄ったりです。

 横田夫婦は 男七十三に女七十八 の老夫婦で廃品空き缶回収のリヤカ-を引いています。 今は月七万ぐらいの収入しかありませんが バブルの時には大分遊んだという話です。

 この二人 遊び人の成れの果てみたいな感じがしないでもないのですが どうもピッタリしない。 と言うのも 女房の方は たおやかな絶世の美女なのに 男ときたら 表現に困る<貧相まるだし>の気の毒さなのでした。 連れだって歩くには チトどちらかが遠慮でもするんじゃないのかと気を回すところですが 実際は 二人は非常に仲がいい 仕事も一緒、うちでも一緒なのです。 絶対に ワケあり夫婦に違いないのです。

 で 団地の老悪ガキ連中は今でもヤツカミ半分にこんな話をするのです。

彼女は近くの住吉さんのお嬢さんでした。住吉さんは源氏の昔から瀟洒な別荘地でした。

美少女の時から 寄ってくる王子さまはゴマンといました いずれもイケメン金持ち頭脳ピカイチ親も立派家柄文句なし。

ところが結果は 噂に上るどころか存在すら知られていなかった、<今の旦那様>に決まったのでした。

その理由が後日明らかとなり 一時はとんだ週刊誌ダネとなったものです。 

彼女が業病の持ち主であることが知れ渡ると みんな逃げてしまったのでした。 結局残った彼が 「貧乏くじを引いた」ということになったのでした。

 花嫁の父は 常識外の持参金を持たせたりしたのですが 男は「俺にはそんな大金使う能力ないから」と 全て断ったといいます。

横田老人が 未だに団地婦人たちに人気があるのは この時の格好にあるのかもしれません

 横田さんの一人娘さんもおなじ団地に住んでいます。

こっちの方は 五才と七歳の娘に近くの鉄工所に正社員安月給で頑張る婿さんの四人家族です。どちらかと言うと 親の所帯より見栄えはいい。

 横田夫人は とくに心臓が悪いのです。団地の名物医者には「活火山だね いつ爆発するかわからない 酒なんか飲んでる暇ないよ」とニヤニヤ脅されては ノ-テンキの婿さんも「馬鹿にすんなよ」と真面目ずらになるというもんです。。 

 炊事洗濯拭き掃除etc力仕事は全て男がやります。「大事にしてもらってありがとうございます」と 嫁さんはニコニコですが 廃品回収のリヤカ-押しだけは頑として続けるのでした。

婿さんが「俺の面目もあるだろう…」とか 里の父母が本当に娘の体を心配してもダメ、医者の忠告なんてまるでノ-テンキに説教でした。。夫は何も言わない。

 娘は 親の元に毎日顔を出します。 やはり母の体のことを考えると一日として安閑としておれないのです。

両親と私には血の繋がりはありません。何処のどぶ猫とも知れない子猫を拾って育ててくれた二人です。いくら子供の授からない男女にしても あの環境での養子縁組は余程の覚悟であっただろうと想像できます。言葉では 私の心は表現できません

 時には こんな話にもなってしまいます。

「もうソロソロ リヤカ-引く仕事止めてもいいんじゃない?」

「止めたら めし食えんだろう・・・」『わしら 年金無いんだぞ!』

知っています。だから、話は生活保護の福祉のことに為ってしまう。しかし この生活保護という言葉がややこしいのです。.

両親の反論はいつも同じです。

「働けるうちは働く 死んでも働く」と ニヤリと笑う。全然関心ないのです。

優等生ではなかったにしろ まあまあ真面目人間やって来たじゃない ズルしてるわけじゃないんだから 困っているときに助けてもらったって罰当たらんわよ」

神様だって許してくれる。

 以前に区役所の職員と民生委員が連れ立って事情を見に来たことがありました。その時の詳しいことは省きますが 結果は要するに「全然話にならない」

老人二人は怒って口も利かない。生活保護の言葉は もともとタブ-でしたが この日以来特に非道くなったみたいです。

 いい加減 ややこしいプライドなんか捨ててほしいのですけど 実をいうと 娘は両親の頑固な性格嫌いではないのです。

生活保護の話は お爺ちゃんの心を傷つけます。何処に妻の体を心配しない男がいるでしょう? おれは己の甲斐性なしが恨めしいのだ

 そこで娘は言います  「だったら 私たち一緒に住む?」

――――――――エエッーーーーーーー冗談言うな-----

六畳と四畳半の家に 今だってお前たち夫婦に子供二人の四人家族で一杯じゃないか

どうやって 老人二人が割り込めるんですか?

「貧乏所帯と貧乏所帯が合体したら 絶対 良いこと起きるから・・・」

と 娘は屈託なく笑います

ああ 全く情けない   それにしても 金が欲しい。

この時です 二十万円もの現金を拾ったのは・・・

横田夫婦は 朝からの街回り回収仕事を終えて寄せ場に戻ってきました  何時ものように仕分けをやっていると厚めの封筒が出てきたのです。現金です 何処で集めたのか全く記憶にありません

夫婦は一瞬見合わせてニンマリ。周囲をキョロキョロ誰も見てないことを確かめ 後は そそくさと片づけ早々に家路についたのでした。

横田夫人とて こんな時の段取りの良さは 夫唱婦随 何時の間にか慣れたものです。

 数えてみたら 二十万円。考えることは 貯金か旅行しかない。

しかし 老人にとっては”旅行”しか考えられない。もう二十年も昔になりますが 悔やんでも悔やみきれないキャンセルがあるのですぅ。

 それは娘の結婚でした。 まるで子猫を呉れてやるような結婚でした。

事情が事情であっただけに 横田親娘ともども先様の一族さえからも何んの異を唱えるものはありませんでした。 横田さんも 「結婚の形」に悔やんでいるのではありません。

夫婦は心に決めていたのです。 「あれだな せめて最後は 家族旅行とフンパツして送り出してやるか・・・」 富士屋ホテルとまではいかんけど 六甲のバ-ベキュウ-ぐらいならいけるだろう・・・

なのに結果は 近くのファミレスで最後の晩餐となったのでした  此れがいまだに「忘れられない“やり残し”」なのです。 「一生の思い出を残してやれなかった」

 金がカタキだ。夫婦の心にはこの時の無念しかない。老後も貯金も糞もあるか・・・

 何れにしろ 二人は翌朝起き抜けに娘の家に駆け付けました。

「なによ こんなに早く?」

「どうしたの?」 孫たちも寝ぼけ眼で寄ってきます。

「ヤッタゼ! 二十万円ゲットした」 意味不明 わかんない だけど二十万円の意味は

即理解します。

「やったじゃ…」  二人の孫とジジババは ハイタッチで歓声を上げます。

「ヘ---宝くじでも買ったの?  ギャンブル止めたんと違うの?」

「いや---そうじゃないんだ】夫婦は不審がる娘に金を拾った経緯を説明します。

「そうなの? 神様も味なことやって呉れるわね・・・」

とご満悦になります。 孫が急に真顔になって「はやく交番に届けないと 罰が当たりわよ---」交番 と聞いて 一瞬大人たちは顔見合わせて黙ってしまいました。

仕事柄 千円札が古新聞に挟まっていることは常時だけれども そんな金は余禄として有難く頂戴してきた。 交番に届けたことなんて一度もないわい・ 

さて困った。 二十万円ともなると やはり交番かよ?  孫の手前もあるし++**---

 大人たちの狼狽ぶりが面白いのか 孫は「お金を拾ったら直ぐ交番に届けましょう  これ常識 学校では皆んな知っています---」 

 「そうだ そうだ ちゃんと交番に届けます

今から行こうと思って その相談にきたんだよ なあ ばあさん・・・」

こりゃあ―――孫に教えたのはマズカッタぜ-----

「おじいちゃん 何故泣きそうに笑っているの?」と 納得しない孫に 母親が説明します。

「落としたお金はまず戻ってこないわね  第一 みんな同じ顔してるし 名前書いてるわけでもないし もし 落としたお金は俺のだ なんていう人がいても ウソかホントか 調べるのに時間はかかるし大変なのよ。

 警察の人が調べても だいたいは拾った人のものになった方が公平なような気がするのは 何故だか理由が解るでしょ? 

だから このお金もやがてお爺ちゃんの元に帰って来ます。  目出度し目出度し  正直をした人へ 神様からのプレゼントです」

 お母さんにしては長い話でした。これでジジの機嫌は直るし 世の中万々歳でした。

 

 それからの毎日は ”家族”には夢の毎日となりました

お金の使い途に頭を絞る毎日です。 今までこんな楽しい苦労をしたことはありません。

やはり 貯金か旅行です。不思議に買い物の話は出てこない。

 老夫婦にとって 娘家族の将来は心配です。で おばあちゃんが「給食貯金はどう?」

「なに それ?」

「給食代って あんがい困る事ってあるのよ」

「あるある  でもね 子供の給食代ぐらいお父さんがご飯食べなくとも払いますからご心配なく」で却下。  一番の心配は おばあちゃん自身の心臓なのに…

医者病気をそっちのけに 家族会議に一番舞い上がっているのは 横田老婦人なのです。

 旅行ときたら 孫の夢に迷いはない。  ただ一直線 <新幹線に乗って ディズニ-ランドに家族旅行> 横田老夫婦に異存はない

プランは時間とともに大きく膨らんで行きます。

學校で今まで ディズニ-ランド経験者には散々自慢話を聞かされ 嫌-な感じをさせられたものです。今度はこっちが御返しをしてやる番だ。

向こうは外のホテルに泊まったのだけれども 私たちは園内のホテルなんだから ホテルの名前の入ったタオルや石鹸を記念に持って帰るんだから---

医者の話や 教育資金でも貯金なんか どこかに吹っ飛んでしまっていたのでした。

 

 「あと一週間もすれば------」 

お母さんは気づかれないように 残り日数を数えています。

「お母さん お話があるの…」

突然背後から声を掛けられビックリしました。

広美と和代の娘です。 姉の広美が「あのーーー」と言いよどんで

「ディズニ-ランド止めてもいいよ  和代と相談したんだけど・・・」

姉と手をつないでいた妹が コックリ頷きました。

「えーーーっ  どうしたの?」 母は咄嗟には意味が解りません

「あんなに行きたがっていたじゃないの  今頃急に、何かあったの?」

お母さんは娘二人の話をジックリ聞きました。

「最近おばあちゃんの様子がどうも怪かしい 絶対に何か隠している。早く病に連れて行った方が良いよ」

「様子が怪かしい?」

私には特にそんな感じはしないけど・・・ 何時もの通り元気だけれども  ディズニ-ランドが決まってからは元気倍増だけれども・・・

「どこがへんなの?」

「眼が変なの 黒目と白めの動きが妙なんよーーー」

お母さんは早速お爺ちゃんに連絡しました。 夫婦である夫でさえ妻の元気を信じております。  孫の取越苦労?。でも 嫌な気分です。子供の五感には 本当に小さな変化も感じ取る能力がある。

父と娘は 「おばあちゃんは体が体だから---」と大事を取って 最初におばあちゃんの検査をしてから東京にしようと 本人に相談したところ 彼女はことのほかに声を荒らげて怒ったのでした。

 「いったん決めた約束は守る。 私は毎日 夢にまで見てるんです」と涙を流します。

娘は直感します、母は老いてなを あの家族旅行のキャンセルを拘っているに違いないのです。今まで見たことのない母の執念です。

 結局 おばあちゃんの元気印におしきられて

「ジャー 帰ってきたらすぐ検査だよ」と妥協したのでした。

 急な危険とも思われなかったからでした。 こんな時 嫌なことなんか絶対起こりっこないと 誰もが信じておりました。

 

 翌朝 何という事でしょう  おばあちゃんが倒れたのです。

やはり 神様なんて この世にはおりません。

確かに 孫たちはシグナルを見ました。医者も周囲も十分警戒をしていました

おばあちゃんは 夢うつつの中で 「ごめん ごめん」と孫には謝るばかりです。そして 娘の手を取って「間に合わなかったか・・・ごめんなさい」と泣くのでした。

お爺ちゃんには 目で深々と頭を下げ「ありがとうございました」と繰り返しながら二日後に亡くなりました。

 葬式は団地の集会所で行いました。

「葬式なんて必要ない  皆んなに掌を合わせてもらったら、それでよい」とする父に娘は反発 どうしても「葬式は格好つける」と譲らず 父に代わって喪主を務めたのでした

 二十万円の葬式なんて いくら集会所を使っても簡素なものです。お坊さんの経なんか

奇妙なくらい短いものでした。

 参列者のお焼香 出棺お別れまで 横田さんは妻の枕もとでそれしか知らない般若心経を繰り返していました、何千回も、いや何万回も・・・。

 最後はチョットだけ贅沢をしてみました

金ぴかに輝く霊きゅう車に家族六人で乗ったのです。 新幹線の代わりと言う気持ちがあったのです。  こんな霊きゅう車 最近はあまり見ませんけど まるで白雪姫が乗るような美しい車でした。

生活保護にかかっていると 最後はワゴン車だから こうはいかないのです。

                おわり

*本文は 去る一月のブログに手をいれたものです。  

d(孫への遺書 三番「二十万円拾った話」

(梗概)

横田老夫婦は 大阪大和川沿いで廃品回収を生業としています。廃品の中から持ち主不明の二十万円を取得します.猫ババせんとしたのですが孫娘の忠告でケイサツへ。

やがてバックしてくる二十万円の使途を巡って 家族会議は踊ります

老後の医療費 こども保険 貯金 旅行等々のアイディアの中から結局 「新幹線に乗ってディズニ-ランド」に決定します。   その顛末です。

(本文)

 大阪大和川河口の右岸に 二百世帯の市営住宅の団地があります。

木造平屋を半分にして二世帯にしたもので スペ-スは六畳に四畳半

猫の額ほどの台所に便所です。市営住宅には風呂はありませんが 人の集まるところには 湯屋と酒屋は必ずありましたから 生活に不便はありません。

 近くには一級河川が流れていますし 晴れた日には遠くの紀伊の山々が美しい。

横田さんは 築四十年の市営住宅に団地誕生以来の住人です。  団地の皆さんは 所帯はみな似たり寄ったりです。

 横田夫婦は 男七十三に女七十八 の老夫婦で廃品空き缶回収のリヤカ-を引いています。 今は月七万ぐらいの収入しかありませんが バブルの時には大分遊んだという話です。

 この二人 遊び人の成れの果てみたいな感じがしないでもないのですが どうもピッタリしない。 と言うのも 女房の方は たおやかな絶世の美女なのに 男ときたら 表現に困る<貧相まるだし>の気の毒さなのでした。 連れだって歩くには チトどちらかが遠慮でもするんじゃないのかと気を回すところですが 実際は 二人は非常に仲がいい 仕事も一緒、うちでも一緒なのです。 絶対に ワケあり夫婦に違いないのです。

 で 団地の老悪ガキ連中は今でもヤツカミ半分にこんな話をするのです。

彼女は近くの住吉さんのお嬢さんでした。住吉さんは源氏の昔から瀟洒な別荘地でした。

美少女の時から 寄ってくる王子さまはゴマンといました いずれもイケメン金持ち頭脳ピカイチ親も立派家柄文句なし。

ところが結果は 噂に上るどころか存在すら知られていなかった、<今の旦那様>に決まったのでした。

その理由が後日明らかとなり 一時はとんだ週刊誌ダネとなったものです。 

彼女が業病の持ち主であることが知れ渡ると みんな逃げてしまったのでした。 結局残った彼が 「貧乏くじを引いた」ということになったのでした。

 花嫁の父は 常識外の持参金を持たせたりしたのですが 男は「俺にはそんな大金使う能力ないから」と 全て断ったといいます。

横田老人が 未だに団地婦人たちに人気があるのは この時の格好にあるのかもしれません

 横田さんの一人娘さんもおなじ団地に住んでいます。

こっちの方は 五才と七歳の娘に近くの鉄工所に正社員安月給で頑張る婿さんの四人家族です。どちらかと言うと 親の所帯より見栄えはいい。

 横田夫人は とくに心臓が悪いのです。団地の名物医者には「活火山だね いつ爆発するかわからない 酒なんか飲んでる暇ないよ」とニヤニヤ脅されては ノ-テンキの婿さんも「馬鹿にすんなよ」と真面目ずらになるというもんです。。 

 炊事洗濯拭き掃除etc力仕事は全て男がやります。「大事にしてもらってありがとうございます」と 嫁さんはニコニコですが 廃品回収のリヤカ-押しだけは頑として続けるのでした。

婿さんが「俺の面目もあるだろう…」とか 里の父母が本当に娘の体を心配してもダメ、医者の忠告なんてまるでノ-テンキに説教でした。。夫は何も言わない。

 娘は 親の元に毎日顔を出します。 やはり母の体のことを考えると一日として安閑としておれないのです。

両親と私には血の繋がりはありません。何処のどぶ猫とも知れない子猫を拾って育ててくれた二人です。いくら子供の授からない男女にしても あの環境での養子縁組は余程の覚悟であっただろうと想像できます。言葉では 私の心は表現できません

 時には こんな話にもなってしまいます。

「もうソロソロ リヤカ-引く仕事止めてもいいんじゃない?」

「止めたら めし食えんだろう・・・」『わしら 年金無いんだぞ!』

知っています。だから、話は生活保護の福祉のことに為ってしまう。しかし この生活保護という言葉がややこしいのです。.

両親の反論はいつも同じです。

「働けるうちは働く 死んでも働く」と ニヤリと笑う。全然関心ないのです。

優等生ではなかったにしろ まあまあ真面目人間やって来たじゃない ズルしてるわけじゃないんだから 困っているときに助けてもらったって罰当たらんわよ」

神様だって許してくれる。

 以前に区役所の職員と民生委員が連れ立って事情を見に来たことがありました。その時の詳しいことは省きますが 結果は要するに「全然話にならない」

老人二人は怒って口も利かない。生活保護の言葉は もともとタブ-でしたが この日以来特に非道くなったみたいです。

 いい加減 ややこしいプライドなんか捨ててほしいのですけど 実をいうと 娘は両親の頑固な性格嫌いではないのです。

生活保護の話は お爺ちゃんの心を傷つけます。何処に妻の体を心配しない男がいるでしょう? おれは己の甲斐性なしが恨めしいのだ

 そこで娘は言います  「だったら 私たち一緒に住む?」

――――――――エエッーーーーーーー冗談言うな-----

六畳と四畳半の家に 今だってお前たち夫婦に子供二人の四人家族で一杯じゃないか

どうやって 老人二人が割り込めるんですか?

「貧乏所帯と貧乏所帯が合体したら 絶対 良いこと起きるから・・・」

と 娘は屈託なく笑います

ああ 全く情けない   それにしても 金が欲しい。

この時です 二十万円もの現金を拾ったのは・・・

横田夫婦は 朝からの街回り回収仕事を終えて寄せ場に戻ってきました  何時ものように仕分けをやっていると厚めの封筒が出てきたのです。現金です 何処で集めたのか全く記憶にありません

夫婦は一瞬見合わせてニンマリ。周囲をキョロキョロ誰も見てないことを確かめ 後は そそくさと片づけ早々に家路についたのでした。

横田夫人とて こんな時の段取りの良さは 夫唱婦随 何時の間にか慣れたものです。

 数えてみたら 二十万円。考えることは 貯金か旅行しかない。

しかし 老人にとっては”旅行”しか考えられない。もう二十年も昔になりますが 悔やんでも悔やみきれないキャンセルがあるのですぅ。

 それは娘の結婚でした。 まるで子猫を呉れてやるような結婚でした。

事情が事情であっただけに 横田親娘ともども先様の一族さえからも何んの異を唱えるものはありませんでした。 横田さんも 「結婚の形」に悔やんでいるのではありません。

夫婦は心に決めていたのです。 「あれだな せめて最後は 家族旅行とフンパツして送り出してやるか・・・」 富士屋ホテルとまではいかんけど 六甲のバ-ベキュウ-ぐらいならいけるだろう・・・

なのに結果は 近くのファミレスで最後の晩餐となったのでした  此れがいまだに「忘れられない“やり残し”」なのです。 「一生の思い出を残してやれなかった」

 金がカタキだ。夫婦の心にはこの時の無念しかない。老後も貯金も糞もあるか・・・

 何れにしろ 二人は翌朝起き抜けに娘の家に駆け付けました。

「なによ こんなに早く?」

「どうしたの?」 孫たちも寝ぼけ眼で寄ってきます。

「ヤッタゼ! 二十万円ゲットした」 意味不明 わかんない だけど二十万円の意味は

即理解します。

「やったじゃ…」  二人の孫とジジババは ハイタッチで歓声を上げます。

「ヘ---宝くじでも買ったの?  ギャンブル止めたんと違うの?」

「いや---そうじゃないんだ】夫婦は不審がる娘に金を拾った経緯を説明します。

「そうなの? 神様も味なことやって呉れるわね・・・」

とご満悦になります。 孫が急に真顔になって「はやく交番に届けないと 罰が当たりわよ---」交番 と聞いて 一瞬大人たちは顔見合わせて黙ってしまいました。

仕事柄 千円札が古新聞に挟まっていることは常時だけれども そんな金は余禄として有難く頂戴してきた。 交番に届けたことなんて一度もないわい・ 

さて困った。 二十万円ともなると やはり交番かよ?  孫の手前もあるし++**---

 大人たちの狼狽ぶりが面白いのか 孫は「お金を拾ったら直ぐ交番に届けましょう  これ常識 学校では皆んな知っています---」 

 「そうだ そうだ ちゃんと交番に届けます

今から行こうと思って その相談にきたんだよ なあ ばあさん・・・」

こりゃあ―――孫に教えたのはマズカッタぜ-----

「おじいちゃん 何故泣きそうに笑っているの?」と 納得しない孫に 母親が説明します。

「落としたお金はまず戻ってこないわね  第一 みんな同じ顔してるし 名前書いてるわけでもないし もし 落としたお金は俺のだ なんていう人がいても ウソかホントか 調べるのに時間はかかるし大変なのよ。

 警察の人が調べても だいたいは拾った人のものになった方が公平なような気がするのは 何故だか理由が解るでしょ? 

だから このお金もやがてお爺ちゃんの元に帰って来ます。  目出度し目出度し  正直をした人へ 神様からのプレゼントです」

 お母さんにしては長い話でした。これでジジの機嫌は直るし 世の中万々歳でした。

 

 それからの毎日は ”家族”には夢の毎日となりました

お金の使い途に頭を絞る毎日です。 今までこんな楽しい苦労をしたことはありません。

やはり 貯金か旅行です。不思議に買い物の話は出てこない。

 老夫婦にとって 娘家族の将来は心配です。で おばあちゃんが「給食貯金はどう?」

「なに それ?」

「給食代って あんがい困る事ってあるのよ」

「あるある  でもね 子供の給食代ぐらいお父さんがご飯食べなくとも払いますからご心配なく」で却下。  一番の心配は おばあちゃん自身の心臓なのに…

医者病気をそっちのけに 家族会議に一番舞い上がっているのは 横田老婦人なのです。

 旅行ときたら 孫の夢に迷いはない。  ただ一直線 <新幹線に乗って ディズニ-ランドに家族旅行> 横田老夫婦に異存はない

プランは時間とともに大きく膨らんで行きます。

學校で今まで ディズニ-ランド経験者には散々自慢話を聞かされ 嫌-な感じをさせられたものです。今度はこっちが御返しをしてやる番だ。

向こうは外のホテルに泊まったのだけれども 私たちは園内のホテルなんだから ホテルの名前の入ったタオルや石鹸を記念に持って帰るんだから---

医者の話や 教育資金でも貯金なんか どこかに吹っ飛んでしまっていたのでした。

 

 「あと一週間もすれば------」 

お母さんは気づかれないように 残り日数を数えています。

「お母さん お話があるの…」

突然背後から声を掛けられビックリしました。

広美と和代の娘です。 姉の広美が「あのーーー」と言いよどんで

「ディズニ-ランド止めてもいいよ  和代と相談したんだけど・・・」

姉と手をつないでいた妹が コックリ頷きました。

「えーーーっ  どうしたの?」 母は咄嗟には意味が解りません

「あんなに行きたがっていたじゃないの  今頃急に、何かあったの?」

お母さんは娘二人の話をジックリ聞きました。

「最近おばあちゃんの様子がどうも怪かしい 絶対に何か隠している。早く病に連れて行った方が良いよ」

「様子が怪かしい?」

私には特にそんな感じはしないけど・・・ 何時もの通り元気だけれども  ディズニ-ランドが決まってからは元気倍増だけれども・・・

「どこがへんなの?」

「眼が変なの 黒目と白めの動きが妙なんよーーー」

お母さんは早速お爺ちゃんに連絡しました。 夫婦である夫でさえ妻の元気を信じております。  孫の取越苦労?。でも 嫌な気分です。子供の五感には 本当に小さな変化も感じ取る能力がある。

父と娘は 「おばあちゃんは体が体だから---」と大事を取って 最初におばあちゃんの検査をしてから東京にしようと 本人に相談したところ 彼女はことのほかに声を荒らげて怒ったのでした。

 「いったん決めた約束は守る。 私は毎日 夢にまで見てるんです」と涙を流します。

娘は直感します、母は老いてなを あの家族旅行のキャンセルを拘っているに違いないのです。今まで見たことのない母の執念です。

 結局 おばあちゃんの元気印におしきられて

「ジャー 帰ってきたらすぐ検査だよ」と妥協したのでした。

 急な危険とも思われなかったからでした。 こんな時 嫌なことなんか絶対起こりっこないと 誰もが信じておりました。

 

 翌朝 何という事でしょう  おばあちゃんが倒れたのです。

やはり 神様なんて この世にはおりません。

確かに 孫たちはシグナルを見ました。医者も周囲も十分警戒をしていました

おばあちゃんは 夢うつつの中で 「ごめん ごめん」と孫には謝るばかりです。そして 娘の手を取って「間に合わなかったか・・・ごめんなさい」と泣くのでした。

お爺ちゃんには 目で深々と頭を下げ「ありがとうございました」と繰り返しながら二日後に亡くなりました。

 葬式は団地の集会所で行いました。

「葬式なんて必要ない  皆んなに掌を合わせてもらったら、それでよい」とする父に娘は反発 どうしても「葬式は格好つける」と譲らず 父に代わって喪主を務めたのでした

 二十万円の葬式なんて いくら集会所を使っても簡素なものです。お坊さんの経なんか

奇妙なくらい短いものでした。

 参列者のお焼香 出棺お別れまで 横田さんは妻の枕もとでそれしか知らない般若心経を繰り返していました、何千回も、いや何万回も・・・。

 最後はチョットだけ贅沢をしてみました

金ぴかに輝く霊きゅう車に家族六人で乗ったのです。 新幹線の代わりと言う気持ちがあったのです。  こんな霊きゅう車 最近はあまり見ませんけど まるで白雪姫が乗るような美しい車でした。

生活保護にかかっていると 最後はワゴン車だから こうはいかないのです。

                おわり

*本文は 去る一月のブログに手をいれたものです。