孫への遺書#46  中津さんそん 五番「大陸孤児」(11)

孤児と在日親族が対面、本人であることが確認されると帰国が認められ、晴れて日本国籍取得となります。

 この日 孤児と母親の劇的再会を取材しようと多くのマスコミが青年会には押し寄せたので下。剛と母親のケースは早くからマスコミの話題になっており。 なんとなく伝えられる親子の不調和たが 周囲の注意を集めたのでしょう。

 息子剛の立場は;

「お母さんは あの時どうして一緒に死んでくれなかったのですか?」の一語です。

戦時中には 日本国中空襲だらけでしたが 東京大空襲では 懐に幼子を抱き守った母と子の二人焼死体が散見されたと記録に残っております。 子を置いて母は逃げたりはしません、死ぬときは一緒。 日本人の奥底の心でしょう。

 あの時 母に会いに行かなかったのは やはり養父母の前で、喜びを露わにすること

を恥と思ったからでした。例え、自分を捨てた親であっても 会いたくない筈はないでしょう。

 母親の立場は;

私は 子を捨てた母親です。一切の弁解は出来ません。そんな恥ずかしいことは いくら無学の私でもしません。

 

      足を引きずって図体の大きな息子が姿を見せたとき 母は 思わず集団から抜け出しフラフラと駆け寄ろうとして 犬蹲踞に転倒してしまったのでした。

そのまま起き上がらないのです。

泥靴に汚れた床に額をつけたまま 犬のように凝り固まったのです。まるで 土下座そのもです。「ごめんなさい ごめんなさい」と 消え入るように泣くだけでした。

「なにも あそこまで芝居がかったことすることないでしょーー」

会場の空気は 一様に<軽蔑>です。取材陣も「ヤレヤレ 勘弁してくれよ!」と嫌悪感一ぱいです。

二人の心ちゅうを知る者は誰もいないのです。

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               中津さんそん